新型コロナウイルス感染症流行下におけるこころの健康についての情報 ... 印刷用ページを表示する 掲載日:2020年4月20日更新.
こころ: 作品名読み: ... 慶応3年1月5日(新暦2月9日)江戸牛込馬場下横町に生まれる。本名は夏目金之助。帝国大学文科大学(東京大学文学部)を卒業後、東京高等師範学校、松山中学、第五高等学校などの教師生活を経て、1900年イギリスに留学する。 高校の現代国語で習う夏目漱石の「こころ」ですが、全て読んだことがある人は案外少ないのでは? 本文の引用も含んだ「こころ」上中下のあらすじを徹底解説! 【ホンシェルジュ】 高校国語の教科書に収録される文学作品として、定番化しているといえる夏目漱石の『こころ』。授業では「親友への贖罪」とされることが多い先生の自殺の理由について、先生の考え方を分析することで迫ります。 | komari(純文学好きの女子大生) Tweet. 高校に学んだ夏目漱石「こころ」を懐かしく思い、最近読み始めました。が、どうしてもつまらなく感じてしまうのです。というのも、私の高校教科書では「先生とkが同じ人を好きになり、kが先生にその子のことが好きということを告げる。焦 私は絶対先生はそんな就職先なんて紹介してくれるはずがないと思いながらも、なぜ先生とKが自殺しなければならなかったのかの考察に関しては、違う記事で書きたいと思います。学生時代の先生は両親が死にその財産を叔父さんに横取りされてしまい、人間を信じられなくなります。そこで先生は下宿を抜け出し、とある軍人の未亡人であるお宅に居候することに決めました。しばらくすると、先生は急に不安になってきました。そして、そこのお嬢さんに一目惚れしたことは人物紹介で書かせていただきましたね。始めは私も先生の手紙よりも病気の父親を心配していたのですが、ふとその手紙に書かれていた私は先生が毎月誰かの墓参りに行っていることが気になります。もちろんこの墓がKの墓ですが、なぜこの人の墓参りに先生が行くのか私には分かりません。母と兄に向けた手紙になんて書いたのだろうか…。と言っただけでした。Kにはこの言葉が一番効くというのを先生は分かっていたのです。Kは「何もしていないとは、またどういう訳かね。お前がそれほど尊敬するくらいな人なら何かやっていそうなものだがね」危篤状態の父親に注射打ってでもいいから二三日もたせろと医者に頼みに行くとか、と軽蔑しているような人間だったのですから、Kは。『こころ』の登場人物の名前って?【キャラの性格分析あり】 - JapaNEO彼は私に向って、ただ漠然と、どう思うというのです。どう思うというのは、そうした恋愛の淵に陥った彼を、どんな眼で私が眺めるかという質問なのです。一言でいうと、彼は現在の自分について、私の批判を求めたいようなのです。『道』ってなんやねん!そしてKは恋をして、どうしたらいいのか分からなくなったのでしょう。それを先生に相談しています。この文章の凄さ、さすがは夏目先生…!としか思えません。夏目漱石が描く「こころ」をキャラクターに焦点を当てて徹底解説!「こころ」本文の引用を用いて性格を分析しています。私は金に対して、人類を疑ったけれども、愛に対しては、まだ人類を疑わなかったのですそんなKを先生は見ていられなくなって、自分の居候先にKを招いてしまうのです。どうか、教科書だけで終わるのでなく、夏目先生の「こころ」を皆さんよろしくお願いします!すると、先生から今すぐ会えないかという電報が届きます。母親は先生が私の就職先を見つけてくれたのだと喜びますが、父親の病状が悪化したため、今は会えないことを電報にして先生に返します。そして主人公とKがお嬢さんをめぐる三角関係の話だと知りました。でも私は過去の私に声を大にして言いたい。以上が「こころ」のあらすじになります。就活生ほんと「こころ」の2部読もう。夏目先生がだいぶ昔に学生の想いを代弁して小説にしてくださっている…。いやでも謎解き分かったら別に他のところ読まなくてもよくね?先生のことが知りたい私とそんな無駄なことはよせという先生。しかし決して私のことを拒絶しない先生…。私はとくの昔から先生の何もしていないという事を父にも母にも告げたつもりでいた。そうして父はたしかにそれを記憶しているはずであった。ってKが言ったって凄いことですよ。親から勘当されて、働いてた時ですらKは弱音を吐かなかったんですからね。だから、家族の評価が低いのです。しかし、私の母親は私が尊敬しているのであるからには偉い人なのだろうと先生に就職先を紹介してもらえと言います。ありがとう青空文庫…!!このセリフは私の父親が病気で間もなく死ぬかもしれないと聞かされた先生がやたらと遺産のことを整理しろと私に言ってくるので、私がどうしてそんなことを言うのか先生に問いただした時に出てきたセリフです。私が初めて「こころ」を読んだのは高校の教科書だったので、3部から読み始めました。夏目先生に最大の敬意と感謝を表して、私になりに頑張って書いていこうと思います。先生…。なんて孤独な人なんだ、あなたは…。恋って凄いですよね…。あの無口で堅物、ともすれば頑固で強情だったKがこんなことを言うだなんて…。この手紙があなたの手に落ちる頃には、私はもうこの世にはいないでしょう。とくに死んでいるでしょうまぁ、就職に関することもそうですが、私が両親と衝突するのは先生に対する評価についてもそうです。先生はお嬢さんへの恋をこのように表現しています。という文章を読んだ私はもう先生のことしか考えられなくなります。みたいな感じですかね。父親が死にかけていることよりも大事な用事ってなんだよ!!て絶対思われるだけでしょうけど。物語の最後は明治天皇が崩御したのを機に先生が自殺を決意したこと、そしてこの過去をどうか自分の妻だけには伝えてくれるなと書いて終わります。しかも結局それもしないで、東京行っちゃうし。さらに詳しく知りたい方は、こちらの登場人物についての記事もお読み下さい。しかし、私は大学を卒業したことをそんなに大層なことだと思っていません。卒業したら凄く良い職場につけると信じている両親に対しても、「その先生は何をしているのかい」と父が聞いた。Kの実家は寺なのですが、Kは医者の家に養子に出されます。養家先はKを医者にするために勉強をさせるのですが、Kは医者になろうと思っていませんでした。先生はそれでは養家先を欺くのと一緒じゃないかと詰ります。先生は人から騙されましたし、そういうことには敏感なのだと思います。しかし、Kは まず考えてみたいのは、先生とKの関係、先生のKに対するライバル意識です。フランスの哲学者であるジャック・ラカンは、「人間の欲望は他者の欲望である」という有名な言葉を残しています。他の人が欲しがるから自分も欲しくなる、そんな欲望のあり方は、この小説が発表された時代に西洋から輸入されてきた、近代資本主義の土台となるものでもあります。先生が友人であるKと自分を何かと比較し、どこか張り合う気持ちをもっていたことが示される部分だといえるでしょう。注目すべきなのは、Kに恋心を打ち明けられてから、先生が静の母親である奥さんに直談判を起こすまでのことを書いた先生の遺書のなかに、静の様子を描く文章がほとんどないことです。作者である漱石は、1867年に誕生しています。これは明治維新の前年にあたる年であり、漱石はまさに、声高に文明開化が叫ばれた明治の時代を生きた作家であるといえます。時代の流れに従って、資本主義的な考え方に支配されることを拒んだ先生は、「明治の精神」のあとを追って自ら命を絶ってしまったのです。先生はかつて、信頼していた叔父に裏切られ、父の遺産を横領されたという経験をもっています。このことから、先に挙げた個人主義的な資本主義の考え方は、先生にとって許しがたいものであったと想像できるのです。当時の「明治の精神」は、これまでの漢学的教養(中国の学問や漢文についての学問)を踏襲したもので、目上の人に対する忠義を重んじる封建道徳や儒教道徳を基調とした考え方でした。おそらく、先生にとっての「明治の精神」もこういうものであったのでしょう。それまでただ好意をもって静に接していた先生は、Kに想いを打ち明けられて以降、明らかに焦り、これまでとは違った行動を起こすようになるのです。先生の自殺の理由を考えることで、漱石がどれだけ丁寧に登場人物の性格を描いているか、その凄みを味わっていきたいと思います。個人の自由や権利を尊重する個人主義思想、個人が経済的な利潤を追求しようとする近代資本主義思想といった、ある意味で封建道徳と相反する考え方が徐々に浸透していったのです。漱石と先生が生きていたのは、人々の考えが少しずつ混ざりあいながら逆の方向に転換していく、そんな時代でした。高校国語の教科書に収録される文学作品として、定番化しているといえる夏目漱石の『こころ』。授業では「親友への贖罪」とされることが多い先生の自殺の理由について、先生の考え方を分析することで迫ります。教科書に掲載されることの多い「先生と遺書」の部分は、『こころ』の第3章、「下」の箇所にあたります。以下が、「上」と「中」を合わせた全体のあらすじです。先に述べた近代資本主義という考え方にも関わってくるのが、「明治の精神」という言葉です。遺書の中で、先生自身は自分の自殺の理由を「明治の精神」への殉死であると述べています。これは一体、どういう意味なのでしょうか。先生の意識が、Kへの罪悪感ではなく、「人間の罪」という抽象的なものに向かっていたことが、こんなところにも示されています。具体的な事物や人間よりも、抽象的な倫理観といったものの方に重きを置いていた先生にとって、自分の価値観の変化というものが大きな意味を持っていたであろうことは想像に難くありません。このことを踏まえたうえで先生のその後の行動を見ていくと、静との結婚は先生自身の望んだことというよりは、Kが望んだから自分のものにしたくなったのではないかと考えられます。しかし一方で、天皇の崩御と乃木大将の殉死は「明治の精神」の最期の象徴、といったイメージも与えました。新しい時代を迎えるこれからの日本には、もはやその精神はなくなっていってしまうだろう……そんなことを予感させる出来事でもあったはずです。天皇に対する忠義を尽くすために自らの命を絶った乃木大将の死を知って、先生は自殺を決意します。主君のあとを追って自害する、そんな封建的な「明治の精神」は確かに存在していました。しかし時代の流れとともに、次第に西洋の考え方が輸入され、「明治の精神」は変化の時を迎えます。先生が自殺を選んだ理由について、世間一般の物事の見方を当てはめて考えると、確かに「裏切ってしまった親友Kへの贖罪」や、「妻への罪悪感」であるように思えます。しかし、先生がそういった考え方を持つ人物ではないということが、本文中にはしっかりと描かれているのです。こうした先生の考え方は理解するのも共感するのも難しいため、高校国語の授業においては誰もが共感しやすい理由を説明されることが多々あります。ところが先生は、他人の欲しがるものにこそ価値があるとする、非常に近代資本主義的な欲望に負け、自分を信頼していたKを裏切ってしまいます。先生は、自分のなかにあった「明治の精神」が、徐々に新しい考え方に感化されていることを感じたでしょう。こういった部分に表れているように、先生は恋心の対象であるはずのお嬢さんには目もくれず、Kの一挙一動を見つめ続けていることが分かります。もともと静に特別な感情を抱いていたわけではなかった先生は、Kの恋心を知ってはじめて、Kの求める存在である静を意識するようになったのです。しかし、丁寧に先生の考え方を辿っていくと、先生の一貫した考え方と行動の必然性がきちんと浮かびあがるのです。そんな繊細で厳格な人物造形のあり方からは、日本を代表する文豪・夏目漱石の実力を感じることができるでしょう。この場面で先生は、自分よりも博識なKが女性を見下す頑固な考え方を持ち続けていることに、優越感を抱いています。同時に、自分よりあとに下宿人としてこの家にやってきたKが、奥さんや御嬢さん(のちに妻となる静)と仲良くなっていくことに焦りを感じてもいる場面です。