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(c)2018「来る」製作委員会 はじめに みなさんこんにちは。ナガと申します。 今回はですね映画『来る』の原作でもある小説『ぼぎわんが、来る』について書いていこうと思います。 本記事は一部作品のネタバレになるような内容を含む感想・考察記事になっています。 これから「ぼぎわんが、来る」を読む予定の方は、ここで回れ右してお帰り下さい。 ネタバレ含んでます。 まずこの話には、他の長編小説には必ずと言って良い程存在する、「確固たる主役」がいません。 澤村伊智『ぼぎわんが、来る』の感想・レビュー一覧です。ネタバレを含む感想・レビューは、ネタバレフィルターがあるので安心。それが来たら、絶対に答えたり、入れたらあかんて――。幸せな新婚生活をおくる秀樹のもとに来訪者があった。取り次いだ後輩の伝言に戦慄する。 『ぼぎわんが、来る』澤村 伊智 角川ホラー文庫 2018年2月25日初版 ぼぎわんが、来る (角川ホラー文庫) 幸せな新婚生活をおくっていた田原秀樹の会社に、とある来訪者があった。取り次いだ後輩の伝言に戦慄する。それは生誕を目前にした娘・知紗の名前であった。 みなさんこんにちは。ナガと申します。今回はですね映画『来る』の原作でもある小説『ぼぎわんが、来る』について書いていこうと思います。本記事は一部作品のネタバレになるような内容を含む感想・考察記事になっています。本作を未読の方はお気をつけください。ぜひぜひこちらも読んでみてください。良かったら最後までお付き合いください。 日本ホラー小説大賞を審査員の満場一致の賞賛を受け受賞したという。どれほど面白いのか、試しに読んでみました。まあまあといったところでしょうか。第一章で感じる違和感はちゃんと解消されます著者は新人ということで、まず気になったのは第一章です。 ぼぎわんになった子供は、口と歯の怪異の中で、永遠に痛み苦しみ続けることになるわけですね。香奈と知紗にとって、秀樹の「育児」は苦痛以外の何物でもなかった。それらの効果は秀樹にはわからなかったが、ともかく準備は整った。こうして真琴からの依頼により、琴子がぼぎわん退治に乗り出した。「油断していました。すぐにそこから逃げてください。あれの罠です。万が一無理なら…」自分の都合が悪くなると「うるさい!たかが1人産んだくらいで偉そうにするな!」と逆ギレしてきた夫はもういない。多くの妖と同じく「鏡」や「刃物」を嫌うと言及されていますが、本気を出せばそれらをものともしません。だから野崎は田原家の依頼にしても、最初はそこまで深入りするつもりはなかった。知紗はすぐに子供好きな真琴になつき、しばらくは平穏な日々が続いた。真琴は子供が大好きで、子供を守るために依頼を受けることもしばしばある。なぜ主人公が交代するかというと、その人物がぼぎわんに……されてしまうから。外傷が癒えた後も高梨の体はどんどん衰弱していき、最後には枯れ木のような身体になって亡くなった。真琴と野崎から事の経緯を聞いた琴子によれば、知紗はまだ生きている可能性が高いという。電話をかけてきたのは、超一流の霊能者である真琴の姉・比嘉琴子。そもそも、固定電話の方が本物の比嘉琴子なら、今まさにスマホで通話中の「比嘉琴子の声をした女」はいったい誰なのか?今回は澤村伊智「ぼぎわんが、来る」のあらすじ・ネタバレ・感想などをお届けしました!「唐草にハメられた!ぼぎわんは親や兄弟の声色を使って、子供を自ら山へ向かわせることもできる。やつは遠隔攻撃できるんだ!娘さんは今まさに狙われている!」公園からの帰り道、知紗は真琴の背中ですうすうと寝息を立てている。「真琴。こんな時にうってつけの人材がいるの。あなたの目の前に」パパ友と交流を深めるなど、秀樹には積極的に育児に参加しているという自負があった。せめて作中で「ぼぎわんは完全に退治された。もういない」と明言されていたならいくらか安心できたかもしれませんが、質が悪いことにこの作品は結末が一番怖い!真琴は無理を押して起き上がろうとするが、「寝ていなさい」と琴子にぴしゃりと止められた。知紗がぼぎわんに狙われていたのは、きっと魔道符のせいでもあったのだろう。頼みの綱の真琴はガタガタと震えながらも、額に汗して呪文を唱えている。香奈は知紗を力いっぱい抱きしめると、鞄だけを掴んで家を飛び出した。その腹いせとして、あるいは怖がった香奈が自分になびくように、唐草は魔道符を田原家に送ったのだった。何の助けにもならないどころか、香奈や知紗に負担をかけてばかりの「育児ごっこ」幸い命に別状はないとのことだったが、何日たっても真琴は一向に目を覚まさない。そのビジュアルもさることながら、作中ではホラーらしい登場の仕方やゾッとする正体など、「これが怖くなかったら逆におかしい」と言いたくなるほど濃密な恐怖がこれでもかと描かれていました。正直、この感想を書いている瞬間も私はめちゃくちゃ怖がってます。ある日、秀樹が帰ると、買い集めたお守り類がすべて引き裂かれており、その中で知紗を抱いた香奈がぶるぶると震えていた。唯一、逢坂勢津子という人情派の霊能力者だけは協力を申し出てくれたが、少し目を離した隙に「ぼぎわん」に腕を根元から噛み千切られ、やがて亡くなった。騒ぎに駆けつけてきたパトカーの音を聞きながら、野崎は意識を手放した。秀樹の親友である彼は田原家のことを何かと心配しているようで、野崎は彼から預かった伊勢神宮の剣祓(けんはらい。お守りの一種)を田原家に持っていったこともある。野崎は急いで田原家に向かい、辛うじて息をしていた真琴を病院へ搬送。そして琴子からの要請により、野崎もその仕事を手伝うことになった。作中において、ぼぎわんの正体は「問いかけに答えたものをお山に連れていく妖怪」であると同時に「人間から子供を奪い、自分の子供にする妖怪」だとされています。今この瞬間、あなたの家の戸がノックされ「〇〇さん、いますか?」と落ち着いた女の声がします(怖っ!)真琴の噛み傷が化膿し、膿が病室に臭気を漂わせ始めたころ、その人物は颯爽と現れた。お化けよりも人間の方が怖い、なんて言葉もありますが、この場合はお化けも人間も怖いって感じですね。戦闘の事後処理をした琴子は一日だけ入院すると、翌日には退院し、次の仕事へと向かった。見れば、凶悪強大な怪異は琴子の操る「糸」にがんじがらめにされていた。だって、自分の命に関わる出来事が、他人から向けられた感情によって起こってるってことですよ?ぬらぬらとした紫色の空間に、大小バラバラな白い塊が並んでいる。琴子がタバコの煙を吹きかけると、病室内の空気は嘘のように清められ、真琴も目を覚ました。そこから大きく長い二本の手が、黒い舌が、長い黒髪と小さな頭が這い出てくる。やがて炎は最後の髪の毛一本までぼぎわんを燃やし尽くして消えた。「あれは相当に厄介なので、微力ながらお力添えをさせていただきたくお電話いたしました」およそホラー作品を構成する要素を全部取り入れたんじゃないか?と思うほどあらゆる角度からの「怖さ」が小説「ぼぎわんが、来る」には詰め込まれています。しかし、頼みの綱の鏡は粉々に割れてしまい、逆に野崎が大ピンチに。亡き祖父・銀二から教えられたのは三重県K地方に伝わる妖怪「ぼぎわん」への対処法。そんな想像が頭をよぎった時点で、自動的に「ぼぎわんは退治されてはいない。この瞬間、誰のところに現れてもおかしくない」と認めてしまっているわけです。頭がかじられる音だと気づいた瞬間、秀樹の意識はブツリと途絶えた。では、それでも用心深くかわし続けていれば最後には助かるのでしょうか。「やめて!秀樹はそんなこと言わない!あの人は、知紗とわたしを…お前から守ろうとしたもの」さらにそれら「坊偽魔」「撫偽女」は西洋でお化け全般を意味する「bogeyman(ブギーマン)」が語源。だからこそ生じる「次の瞬間には、ぼぎわんが戸を叩くかもしれない。もうすでにカーテンの向こうにいるかもしれない」という恐怖。「いい子にしていないと、ぼぎわんにお山(あの世)に連れていかれるよ!」怪異はでたらめに並んだ歯をむいて、長い両手を差し出して、叫ぶ間もなく香奈から知紗を奪い取ると…さらに琴子は、銀二の虐待により澄江の姉である秀子が幼い頃に落命していた事実をも指摘。「あれは田原さん、あなたを追いかけています。既にあなたのことは完全に知覚しています。絶対に逃げられない。ご家族に合流してはいけません」残念ながら「ぼぎわん」は実在する怪異であり、古くは村の口減らしのために老人や子供を食べる、という形で人間と共存関係にありました。それが来たら、絶対に戸を開けてはならない。声に答えてはいけない。すると、次第にドアの揺れが小さくなっていき、声も遠のいていく。そう願わざるを得なかった親たちの無念の思いが「こだから山」の語源なのだ。嫌な予感がした秀樹は家に走りながら電話をかけ、香奈と知紗を家から離れさせた。いよいよ怪異の気配が玄関にたどり着き、誰もが「もう終わりだ」と思った瞬間、ふっと嫌な雰囲気が消えた。琴子が紹介した高名な住職ら霊能力者たちは、「ぼぎわん」の存在を感知したとたんに「自分の手には負えない」と匙を投げた。今とは時代が違うとはいえ、志津は内心では夫である銀二のことを恨んでいた。一方、野崎は子供…というよりも「結婚して子供がいるのが普通だ」という常識が、そう考える大人たちが大嫌いだった。秀樹は良きパパになろうと努め、仕事の傍ら積極的に育児にも参加していた。きっと今、琴子と戦っている怪異も、元はさらわれた子供だったのだろう。「山に連れていかれたって別にいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、ここでいう「お山」はいわゆる「あの世」と同義なわけです。田原家の依頼では、真琴が頻繁に田原家に出入りする一方、野崎は怪異としての「ぼぎわん」の伝承について調査していた。その意味はわからないままですが、それを知紗が口にしたということは…。作品的にはハッピーエンドともとれる結末だけど、数年後にはきっと再び……。野崎の脳裏に、ぼきわんに噛まれて亡くなった高梨や逢坂のことが浮かぶ。野崎は琴子から投げてよこされた鏡を使って知紗から身を守っている。この作品に触れた後「名前を呼ばれること恐怖症」「チャイム恐怖症」になってしまう人は少なくないのではないでしょうか。ぼぎわんという超強力な怪異が秀樹の前に出現した理由は「田原銀二の孫だったから」とはいえ、いつものように真琴が知紗を守るため首を突っ込んでいる以上、付き合わないわけにもいかなかった。(わたしはこんなものに付き合わされているのか。知紗はこんなことのために生まれ、育てられていたのか。秀樹にとって育児とは、こんな紙切れをばらまくことなのか。この家は、秀樹のエゴで囲われた牢獄だ。わたしと知紗は彼の囚人…いや、奴隷なのだ)・自分の予定が急に空いたからと、前々から香奈と知紗が楽しみにしていたママ友との食事会を無理やりキャンセルさせる。「家族との時間の方が大事だろう」と言って。「真琴の彼氏を喰うつもりか?それとも…真琴を傷つけるのか?わたしの最後の家族を」秀樹の目には、目の前にいる香奈や知紗など映っていなかったに違いない。【ぽかぽか陽気に誘われて、今日も子供と遊びます 田原ファミリー代表取締役・イクメン会社員 田原秀樹】新幹線の終着駅。精神崩壊した状態で発見された香奈は、そのまま精神病院に収容された。もがき苦しみ、逃げようとするぼぎわん。だが、その前に琴子が立ちふさがる。ぼぎわんは電波を拾うようにあなたの親兄弟家族の声を、自在につくりだすことができるのです。また、それにより間接的に澄江の兄・久徳までもが亡くなっていることを言い当てた。秀樹が夢中になっていたのは「育児に熱心なパパになること」であって、育児そのものではなかった。気がつけば目の前には異形が現れ、気づいたときには「がりりり」と音を立て頭を丸かじりにしていることでしょう。医者ならずとも、快復の見込みがないことは誰の目にも明らかだった。きっと一度目の訪問でも同じ現象が起きたのだろう、再び買い集めたお守りの数々が目の前でビリビリと真っ二つに裂けていく。琴子と野崎は「こだから山」へ向かったが、ぼぎわんの住む『異界』への門はなかった。>>見放題動画は充実の180,000本!<<(そうだ、あの人はわたしたちを苦しめたけれど、このバケモノからは最期まで守り通そうとしてくれた。命と引き換えにしてまで。その犠牲に報いるためにも、わたしたちの子供を渡すわけにはいかない!)村全体を守るために老人や子供が犠牲になっていたとしてもおかしくはない。しかも、琴子との戦闘シーンでは、元になった子供の意識(霊魂?)がまだぼぎわんの中に囚われている、という描写があります。ランダムに選ばれたからといって納得できるものでもないですが、そこに人間の意志が介在しているというのは「怖さの種類」が違う気がします。『山の妖怪に差し出された我が子が、せめて山で幸せに暮らしていますように』真琴も無事に退院し、今はピンクの髪をなびかせて知紗と遊んでいる。真琴は弾かれたように駆け出すと、香奈に知紗を渡して部屋の中へと突き飛ばした。おそらく、しばらくこの不気味な怖さは心身から離れてくれないでしょう。秀樹自身が家に結界を張り、怪異を追いやる…危険を伴う方法だったが、家族のため、秀樹は「ぼぎわん」と決着をつける覚悟を決めた。行先は京都にある秀樹の実家…気は進まないがそこしかないだろう。そうとは知らず「田原秀樹はいるか」という怪異の声に答えてしまった高梨は、前触れなく大量出血し、病院に運び込まれた。民俗学者の友人・唐草大悟から紹介された霊能力者・比嘉真琴とそのパートナー・野崎に協力を依頼することにした。一方、鏡なしの琴子はやや押され気味のようで、すでに全身が血まみれだ。香奈は真琴から預かっていた組紐(くみひも)をぐるぐると個室内に張り巡らせ、結界のようなものをつくった。しかし、当然ながら「ブギーマン」と名付けられる以前から、その怪異は存在していました。唐草は未亡人になった香奈を何度も誘っていたが、その度に断られていた。しかも、「喰われる」という末路は考えうる最期の中でも抜群に嫌な部類のものですよね…怖いし…痛そうだし…。質が悪いことに、秀樹は自分が正しい振る舞いをしていると盲目的に信じ込んでいた。その場は助かるかもしれませんが、ぼぎわんが「執念深く知恵のある怪異」であることを忘れてはいけません。つまり、祖母である志津の銀二を恨む気持ち(が具現化した魔道符)が、子々孫々までをも呪ってしまっていたんですね。「家に帰って、奥さんとお子さんに優しくしてあげてください。それでたぶん、来なくなると思いますよ」的外れな提案に激怒し、その場を後にする秀樹だったが、結局、後日改めて協力を申し出てきた真琴たちを受け入れることにした。「どうせフィクションだし平気平気」と平静を保ちたいところだったのですが、その由来や伝承など、あまりに緻密につくりこまれた「ぼぎわん像」はどうしようもなくリアリティを帯びてしまっていて、「いる。ぼぎわんは、いる」と脳が勝手に判断してしまいます。しかしながら完全には消え去っていないという予感を残し、なんとも後味の悪い結末を迎えました。捨て身の覚悟で琴子がぼぎわんを抑えている隙に、野崎は知紗のもとへ走る。目の前の光景がバケモノの口の中だと気づいたときにはもう遅かった。だが、迫りくる「ぼぎわん」に対して実力不足であることは誰の目にも明らかだ。子供を寝かしつけるために親が代々受け継いできた常套句、それがぼぎわんの正体…だったらまだ民俗学的な話で済んでよかったのですが…。「ぼぎわん」のことも、亡くなった祖父母のことも、すっかり頭から抜けてしまっていた。「ブギーマン」→「坊偽魔」→「ぼぎわん」と言葉が変化していったんですね。瞬間、虚空に巨大な口が現れ琴子を喰いちぎろうと襲い掛かってくる。作中において、「ぼぎわん」という名称は「坊偽魔(ぼうぎま)」「撫偽女(ぶぎめ)」が訛って伝えられたものとされています。追い払うたびに怪異は巧妙な罠を用意し、確実にターゲットを追い詰めていきます。事態を察した「ぼぎわん」が目にもとまらぬ速さで野崎を喰いちぎろうと迫ってきた。そう、秀樹が「ぼぎわんが来た」と直感した一度目の事件は、実は錯乱した香奈が起こしたものだったのだ。ぼぎわんの存在に恐れをなして逃げ帰った高名な僧侶曰く「あんなもん、呼ばんと来ぉへんやろ」とのこと。確かに秀樹の自分勝手な振る舞いが家庭内に「溝(≒スキマ)」をつくり、悪いモノを寄せ付けやすくなっていたのは事実ですが、ぼぎわんが秀樹の前に現れた根本の原因はそこではありません。バケモノに「帰れ!」と一喝した祖父は、それから間もなくして息を引き取った。情報源の1人は、真琴たちと田原家をつないだ民俗学者・唐草大悟。2人はともに子供ができない体質だったが、子供への接し方は真反対だ。おそらくK地方の人々は、老人や子供を山の妖怪に差し出すことによって、口減らしを実行していた。時に秀樹は育児ブログの記事を書くため、目の前にいる知紗を邪険に扱いさえした。おそらくそれは人間にとっての子孫繁栄を意味していたのではないのだろう。「あなたに近づこうとしているモノは、極めて凶悪です。そして極めて執念深い。さらに、極めて強い。真琴ではどうにもなりません」もし何の予備知識もなければ「わたしですけれど」と答えてしまうのではないでしょうか?そう電話をした直後、ぼぎわんは田原家に現れ、真琴を血まみれにした。つまり、琴子のような超一流の霊能者の協力を得られない限り、狙われた時点でゲームオーバー。バタバタとした日々が過ぎ、香奈はようやく日常を取り戻し始めていた。どうやら「ぼぎわん」は予想よりも遥かに強大な力を持つバケモノだったようだ。としわがれた声がして、がりりり、という音が秀樹の脳に直接響いた。白目をむき、尋常ではない気配を漂わせている知紗の口から、またも秀樹の声が響く。すると、今まさに知紗はベランダの柵を乗り越え、どこかへ行こうとしていた。「久しぶりね、真琴。それじゃあ、状況を聞かせてもらえるかしら?」それではさっそく、結末までのあらすじ・ネタバレを見ていきましょう!「うあああああ!」と泣き叫びながら、香奈は秀樹が集めていたお守りの数々をハサミで切って回った。「お山に住む・連れていかれる」というのは、当時の人々の「解釈」に過ぎなかったということか。真琴が治癒に専念すれば毒を打ち消すことも可能だが、それには安静と時間が必要だ。
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ぼぎわんになった子供は、口と歯の怪異の中で、永遠に痛み苦しみ続けることになるわけですね。香奈と知紗にとって、秀樹の「育児」は苦痛以外の何物でもなかった。それらの効果は秀樹にはわからなかったが、ともかく準備は整った。こうして真琴からの依頼により、琴子がぼぎわん退治に乗り出した。「油断していました。すぐにそこから逃げてください。あれの罠です。万が一無理なら…」自分の都合が悪くなると「うるさい!たかが1人産んだくらいで偉そうにするな!」と逆ギレしてきた夫はもういない。多くの妖と同じく「鏡」や「刃物」を嫌うと言及されていますが、本気を出せばそれらをものともしません。だから野崎は田原家の依頼にしても、最初はそこまで深入りするつもりはなかった。知紗はすぐに子供好きな真琴になつき、しばらくは平穏な日々が続いた。真琴は子供が大好きで、子供を守るために依頼を受けることもしばしばある。なぜ主人公が交代するかというと、その人物がぼぎわんに……されてしまうから。外傷が癒えた後も高梨の体はどんどん衰弱していき、最後には枯れ木のような身体になって亡くなった。真琴と野崎から事の経緯を聞いた琴子によれば、知紗はまだ生きている可能性が高いという。電話をかけてきたのは、超一流の霊能者である真琴の姉・比嘉琴子。そもそも、固定電話の方が本物の比嘉琴子なら、今まさにスマホで通話中の「比嘉琴子の声をした女」はいったい誰なのか?今回は澤村伊智「ぼぎわんが、来る」のあらすじ・ネタバレ・感想などをお届けしました!「唐草にハメられた!ぼぎわんは親や兄弟の声色を使って、子供を自ら山へ向かわせることもできる。やつは遠隔攻撃できるんだ!娘さんは今まさに狙われている!」公園からの帰り道、知紗は真琴の背中ですうすうと寝息を立てている。「真琴。こんな時にうってつけの人材がいるの。あなたの目の前に」パパ友と交流を深めるなど、秀樹には積極的に育児に参加しているという自負があった。せめて作中で「ぼぎわんは完全に退治された。もういない」と明言されていたならいくらか安心できたかもしれませんが、質が悪いことにこの作品は結末が一番怖い!真琴は無理を押して起き上がろうとするが、「寝ていなさい」と琴子にぴしゃりと止められた。知紗がぼぎわんに狙われていたのは、きっと魔道符のせいでもあったのだろう。頼みの綱の真琴はガタガタと震えながらも、額に汗して呪文を唱えている。香奈は知紗を力いっぱい抱きしめると、鞄だけを掴んで家を飛び出した。その腹いせとして、あるいは怖がった香奈が自分になびくように、唐草は魔道符を田原家に送ったのだった。何の助けにもならないどころか、香奈や知紗に負担をかけてばかりの「育児ごっこ」幸い命に別状はないとのことだったが、何日たっても真琴は一向に目を覚まさない。そのビジュアルもさることながら、作中ではホラーらしい登場の仕方やゾッとする正体など、「これが怖くなかったら逆におかしい」と言いたくなるほど濃密な恐怖がこれでもかと描かれていました。正直、この感想を書いている瞬間も私はめちゃくちゃ怖がってます。ある日、秀樹が帰ると、買い集めたお守り類がすべて引き裂かれており、その中で知紗を抱いた香奈がぶるぶると震えていた。唯一、逢坂勢津子という人情派の霊能力者だけは協力を申し出てくれたが、少し目を離した隙に「ぼぎわん」に腕を根元から噛み千切られ、やがて亡くなった。騒ぎに駆けつけてきたパトカーの音を聞きながら、野崎は意識を手放した。秀樹の親友である彼は田原家のことを何かと心配しているようで、野崎は彼から預かった伊勢神宮の剣祓(けんはらい。お守りの一種)を田原家に持っていったこともある。野崎は急いで田原家に向かい、辛うじて息をしていた真琴を病院へ搬送。そして琴子からの要請により、野崎もその仕事を手伝うことになった。作中において、ぼぎわんの正体は「問いかけに答えたものをお山に連れていく妖怪」であると同時に「人間から子供を奪い、自分の子供にする妖怪」だとされています。今この瞬間、あなたの家の戸がノックされ「〇〇さん、いますか?」と落ち着いた女の声がします(怖っ!)真琴の噛み傷が化膿し、膿が病室に臭気を漂わせ始めたころ、その人物は颯爽と現れた。お化けよりも人間の方が怖い、なんて言葉もありますが、この場合はお化けも人間も怖いって感じですね。戦闘の事後処理をした琴子は一日だけ入院すると、翌日には退院し、次の仕事へと向かった。見れば、凶悪強大な怪異は琴子の操る「糸」にがんじがらめにされていた。だって、自分の命に関わる出来事が、他人から向けられた感情によって起こってるってことですよ?ぬらぬらとした紫色の空間に、大小バラバラな白い塊が並んでいる。琴子がタバコの煙を吹きかけると、病室内の空気は嘘のように清められ、真琴も目を覚ました。そこから大きく長い二本の手が、黒い舌が、長い黒髪と小さな頭が這い出てくる。やがて炎は最後の髪の毛一本までぼぎわんを燃やし尽くして消えた。「あれは相当に厄介なので、微力ながらお力添えをさせていただきたくお電話いたしました」およそホラー作品を構成する要素を全部取り入れたんじゃないか?と思うほどあらゆる角度からの「怖さ」が小説「ぼぎわんが、来る」には詰め込まれています。しかし、頼みの綱の鏡は粉々に割れてしまい、逆に野崎が大ピンチに。亡き祖父・銀二から教えられたのは三重県K地方に伝わる妖怪「ぼぎわん」への対処法。そんな想像が頭をよぎった時点で、自動的に「ぼぎわんは退治されてはいない。この瞬間、誰のところに現れてもおかしくない」と認めてしまっているわけです。頭がかじられる音だと気づいた瞬間、秀樹の意識はブツリと途絶えた。では、それでも用心深くかわし続けていれば最後には助かるのでしょうか。「やめて!秀樹はそんなこと言わない!あの人は、知紗とわたしを…お前から守ろうとしたもの」さらにそれら「坊偽魔」「撫偽女」は西洋でお化け全般を意味する「bogeyman(ブギーマン)」が語源。だからこそ生じる「次の瞬間には、ぼぎわんが戸を叩くかもしれない。もうすでにカーテンの向こうにいるかもしれない」という恐怖。「いい子にしていないと、ぼぎわんにお山(あの世)に連れていかれるよ!」怪異はでたらめに並んだ歯をむいて、長い両手を差し出して、叫ぶ間もなく香奈から知紗を奪い取ると…さらに琴子は、銀二の虐待により澄江の姉である秀子が幼い頃に落命していた事実をも指摘。「あれは田原さん、あなたを追いかけています。既にあなたのことは完全に知覚しています。絶対に逃げられない。ご家族に合流してはいけません」残念ながら「ぼぎわん」は実在する怪異であり、古くは村の口減らしのために老人や子供を食べる、という形で人間と共存関係にありました。それが来たら、絶対に戸を開けてはならない。声に答えてはいけない。すると、次第にドアの揺れが小さくなっていき、声も遠のいていく。そう願わざるを得なかった親たちの無念の思いが「こだから山」の語源なのだ。嫌な予感がした秀樹は家に走りながら電話をかけ、香奈と知紗を家から離れさせた。いよいよ怪異の気配が玄関にたどり着き、誰もが「もう終わりだ」と思った瞬間、ふっと嫌な雰囲気が消えた。琴子が紹介した高名な住職ら霊能力者たちは、「ぼぎわん」の存在を感知したとたんに「自分の手には負えない」と匙を投げた。今とは時代が違うとはいえ、志津は内心では夫である銀二のことを恨んでいた。一方、野崎は子供…というよりも「結婚して子供がいるのが普通だ」という常識が、そう考える大人たちが大嫌いだった。秀樹は良きパパになろうと努め、仕事の傍ら積極的に育児にも参加していた。きっと今、琴子と戦っている怪異も、元はさらわれた子供だったのだろう。「山に連れていかれたって別にいいじゃないか」と思われるかもしれませんが、ここでいう「お山」はいわゆる「あの世」と同義なわけです。田原家の依頼では、真琴が頻繁に田原家に出入りする一方、野崎は怪異としての「ぼぎわん」の伝承について調査していた。その意味はわからないままですが、それを知紗が口にしたということは…。作品的にはハッピーエンドともとれる結末だけど、数年後にはきっと再び……。野崎の脳裏に、ぼきわんに噛まれて亡くなった高梨や逢坂のことが浮かぶ。野崎は琴子から投げてよこされた鏡を使って知紗から身を守っている。この作品に触れた後「名前を呼ばれること恐怖症」「チャイム恐怖症」になってしまう人は少なくないのではないでしょうか。ぼぎわんという超強力な怪異が秀樹の前に出現した理由は「田原銀二の孫だったから」とはいえ、いつものように真琴が知紗を守るため首を突っ込んでいる以上、付き合わないわけにもいかなかった。(わたしはこんなものに付き合わされているのか。知紗はこんなことのために生まれ、育てられていたのか。秀樹にとって育児とは、こんな紙切れをばらまくことなのか。この家は、秀樹のエゴで囲われた牢獄だ。わたしと知紗は彼の囚人…いや、奴隷なのだ)・自分の予定が急に空いたからと、前々から香奈と知紗が楽しみにしていたママ友との食事会を無理やりキャンセルさせる。「家族との時間の方が大事だろう」と言って。「真琴の彼氏を喰うつもりか?それとも…真琴を傷つけるのか?わたしの最後の家族を」秀樹の目には、目の前にいる香奈や知紗など映っていなかったに違いない。【ぽかぽか陽気に誘われて、今日も子供と遊びます 田原ファミリー代表取締役・イクメン会社員 田原秀樹】新幹線の終着駅。精神崩壊した状態で発見された香奈は、そのまま精神病院に収容された。もがき苦しみ、逃げようとするぼぎわん。だが、その前に琴子が立ちふさがる。ぼぎわんは電波を拾うようにあなたの親兄弟家族の声を、自在につくりだすことができるのです。また、それにより間接的に澄江の兄・久徳までもが亡くなっていることを言い当てた。秀樹が夢中になっていたのは「育児に熱心なパパになること」であって、育児そのものではなかった。気がつけば目の前には異形が現れ、気づいたときには「がりりり」と音を立て頭を丸かじりにしていることでしょう。医者ならずとも、快復の見込みがないことは誰の目にも明らかだった。きっと一度目の訪問でも同じ現象が起きたのだろう、再び買い集めたお守りの数々が目の前でビリビリと真っ二つに裂けていく。琴子と野崎は「こだから山」へ向かったが、ぼぎわんの住む『異界』への門はなかった。>>見放題動画は充実の180,000本!<<(そうだ、あの人はわたしたちを苦しめたけれど、このバケモノからは最期まで守り通そうとしてくれた。命と引き換えにしてまで。その犠牲に報いるためにも、わたしたちの子供を渡すわけにはいかない!)村全体を守るために老人や子供が犠牲になっていたとしてもおかしくはない。しかも、琴子との戦闘シーンでは、元になった子供の意識(霊魂?)がまだぼぎわんの中に囚われている、という描写があります。ランダムに選ばれたからといって納得できるものでもないですが、そこに人間の意志が介在しているというのは「怖さの種類」が違う気がします。『山の妖怪に差し出された我が子が、せめて山で幸せに暮らしていますように』真琴も無事に退院し、今はピンクの髪をなびかせて知紗と遊んでいる。真琴は弾かれたように駆け出すと、香奈に知紗を渡して部屋の中へと突き飛ばした。おそらく、しばらくこの不気味な怖さは心身から離れてくれないでしょう。秀樹自身が家に結界を張り、怪異を追いやる…危険を伴う方法だったが、家族のため、秀樹は「ぼぎわん」と決着をつける覚悟を決めた。行先は京都にある秀樹の実家…気は進まないがそこしかないだろう。そうとは知らず「田原秀樹はいるか」という怪異の声に答えてしまった高梨は、前触れなく大量出血し、病院に運び込まれた。民俗学者の友人・唐草大悟から紹介された霊能力者・比嘉真琴とそのパートナー・野崎に協力を依頼することにした。一方、鏡なしの琴子はやや押され気味のようで、すでに全身が血まみれだ。香奈は真琴から預かっていた組紐(くみひも)をぐるぐると個室内に張り巡らせ、結界のようなものをつくった。しかし、当然ながら「ブギーマン」と名付けられる以前から、その怪異は存在していました。唐草は未亡人になった香奈を何度も誘っていたが、その度に断られていた。しかも、「喰われる」という末路は考えうる最期の中でも抜群に嫌な部類のものですよね…怖いし…痛そうだし…。質が悪いことに、秀樹は自分が正しい振る舞いをしていると盲目的に信じ込んでいた。その場は助かるかもしれませんが、ぼぎわんが「執念深く知恵のある怪異」であることを忘れてはいけません。つまり、祖母である志津の銀二を恨む気持ち(が具現化した魔道符)が、子々孫々までをも呪ってしまっていたんですね。「家に帰って、奥さんとお子さんに優しくしてあげてください。それでたぶん、来なくなると思いますよ」的外れな提案に激怒し、その場を後にする秀樹だったが、結局、後日改めて協力を申し出てきた真琴たちを受け入れることにした。「どうせフィクションだし平気平気」と平静を保ちたいところだったのですが、その由来や伝承など、あまりに緻密につくりこまれた「ぼぎわん像」はどうしようもなくリアリティを帯びてしまっていて、「いる。ぼぎわんは、いる」と脳が勝手に判断してしまいます。しかしながら完全には消え去っていないという予感を残し、なんとも後味の悪い結末を迎えました。捨て身の覚悟で琴子がぼぎわんを抑えている隙に、野崎は知紗のもとへ走る。目の前の光景がバケモノの口の中だと気づいたときにはもう遅かった。だが、迫りくる「ぼぎわん」に対して実力不足であることは誰の目にも明らかだ。子供を寝かしつけるために親が代々受け継いできた常套句、それがぼぎわんの正体…だったらまだ民俗学的な話で済んでよかったのですが…。「ぼぎわん」のことも、亡くなった祖父母のことも、すっかり頭から抜けてしまっていた。「ブギーマン」→「坊偽魔」→「ぼぎわん」と言葉が変化していったんですね。瞬間、虚空に巨大な口が現れ琴子を喰いちぎろうと襲い掛かってくる。作中において、「ぼぎわん」という名称は「坊偽魔(ぼうぎま)」「撫偽女(ぶぎめ)」が訛って伝えられたものとされています。追い払うたびに怪異は巧妙な罠を用意し、確実にターゲットを追い詰めていきます。事態を察した「ぼぎわん」が目にもとまらぬ速さで野崎を喰いちぎろうと迫ってきた。そう、秀樹が「ぼぎわんが来た」と直感した一度目の事件は、実は錯乱した香奈が起こしたものだったのだ。ぼぎわんの存在に恐れをなして逃げ帰った高名な僧侶曰く「あんなもん、呼ばんと来ぉへんやろ」とのこと。確かに秀樹の自分勝手な振る舞いが家庭内に「溝(≒スキマ)」をつくり、悪いモノを寄せ付けやすくなっていたのは事実ですが、ぼぎわんが秀樹の前に現れた根本の原因はそこではありません。バケモノに「帰れ!」と一喝した祖父は、それから間もなくして息を引き取った。情報源の1人は、真琴たちと田原家をつないだ民俗学者・唐草大悟。2人はともに子供ができない体質だったが、子供への接し方は真反対だ。おそらくK地方の人々は、老人や子供を山の妖怪に差し出すことによって、口減らしを実行していた。時に秀樹は育児ブログの記事を書くため、目の前にいる知紗を邪険に扱いさえした。おそらくそれは人間にとっての子孫繁栄を意味していたのではないのだろう。「あなたに近づこうとしているモノは、極めて凶悪です。そして極めて執念深い。さらに、極めて強い。真琴ではどうにもなりません」もし何の予備知識もなければ「わたしですけれど」と答えてしまうのではないでしょうか?そう電話をした直後、ぼぎわんは田原家に現れ、真琴を血まみれにした。つまり、琴子のような超一流の霊能者の協力を得られない限り、狙われた時点でゲームオーバー。バタバタとした日々が過ぎ、香奈はようやく日常を取り戻し始めていた。どうやら「ぼぎわん」は予想よりも遥かに強大な力を持つバケモノだったようだ。としわがれた声がして、がりりり、という音が秀樹の脳に直接響いた。白目をむき、尋常ではない気配を漂わせている知紗の口から、またも秀樹の声が響く。すると、今まさに知紗はベランダの柵を乗り越え、どこかへ行こうとしていた。「久しぶりね、真琴。それじゃあ、状況を聞かせてもらえるかしら?」それではさっそく、結末までのあらすじ・ネタバレを見ていきましょう!「うあああああ!」と泣き叫びながら、香奈は秀樹が集めていたお守りの数々をハサミで切って回った。「お山に住む・連れていかれる」というのは、当時の人々の「解釈」に過ぎなかったということか。真琴が治癒に専念すれば毒を打ち消すことも可能だが、それには安静と時間が必要だ。