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もちろん 言葉 嫌い

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ソクラテスの「無知の知」という概念があるじゃないですか。ちょっとWikiからひっぱってきますね。じゃあ、逆に自分の頭で物事を考えるということがどういうことなのか、ちょっと説明しようかと思います。今はインフルエンサーという人たちが多くいます。だいたいのインフルエンサーはある程度のアンチからの批判を受けながらも大きな声で自分の主張を叫び続けているわけですが、あなたの意見というのはそのインフルエンサーの受け売りになってやいないか。弁解のようなことを言っておくと、この「バカが嫌い」というのは僕が生み出したものではないです(当たり前)。なぜとても親しい人にしか言わないかというと、その説明がすごく面倒くさいからなんですよ。もちろん、言葉の意味そのものは伝わるでしょう。僕がバカを嫌いなことはもう十分に分かってもらったと思います。バカは嫌いなのです。今周りを見ればすごい個性を持った方というのがたくさんいます。僕はちなみにさかなクンが好きです。あれ、強烈な個性ですよね。(たとえば、僕が「バカは嫌いだ」って言うことはある意味ポジション取りの一つですね。周りから見たら「僕はバカじゃないよ」アピールをしているように思いますもんね)なんでわざわざああいうこと言うのかな、みたいな話になって「違うかもしれないですけれど」とその学生は前置きをしたうえで「おそらくそういうふうに周りをからかうことがあの人の自己の証明なんですよね」みたいなことを言うわけですよ。だからある程度僕の話す意図を酌んでくれる人にしか話してこなかったのだけれど、ああ今ならうまく書けるかもしれないと思ったのでこの話題について書こうと思いました。誰かがミスをしたときに本人が気にしてようが気にしてまいが、そのミスをネタに「○○さんにまたこうされちゃうからな~」みたいなことを言うっていう感じですかね。何かすごいことをしろと言われる。インフルエンサーたちはまずは行動しろという。でも何もしていない自分がいる。怖い。だから何かやってみよう。あ、なんかすごい活動をしている人がいるな。この人の組織に居れば僕も同じ主張で頑張れる――これくらいの感覚で多くの人は生きているのではないでしょうか。僕は学生が政治デモに参加する意識というのはだいたいこういう感覚から来ているんじゃないかと思っています。仕事ができているということでは満足できずに周りに対してからかうことで自分の立ち位置やポジションを作っている、という感じでしょうか。ああ、なるほどなと思ったわけです。僕自身もそういうことすることがありますし。こんなふうに、同じ事柄を目にしておきながらもそれに対する評価というのは人によって恐ろしいほどに変わってしまうことがあります。これもだいぶ前の書籍ですが、養老孟司さんの本に「バカの壁」というものがあります。人間は知っていることからしか考えられない、という先ほどの話とともに、そもそも知りたくないことには自主的に情報を遮断する、とまで書いてますね。辛辣ですね。何を言ってるんだと思うかもしれませんが僕は大まじめです。ただ、バカになると言っても僕が提唱するバカは、「周りにバカだなあいつ、と言われるくらい何かに打ち込んでいるバカ」です。バカであるからこそ、少しでもバカでない自分になろうと思う。その意思にこそ価値があるんだと、僕は常々思っています。というわけで今回のnoteにはきっと学びも発見もありません。20代前半の僕であれば日記のある1ページに書いてしまって終わり、みたいな話だったと思います。ですのでこのnoteを読んだところで、役に立つことはありません。それどころかあなたの気持ちを不快にすらさせてしまうかもしれません。これを理解するには不安定な状態を思い浮かべるといいかもしれません。二人の共通の知人で、すごく仕事ができるんだけれど、周りの人間を刺すような人っていうのがいるんですよ。処理能力がものすごく高いし、営業的なスキルも持っている。お客様からのウケもいい。自分一人で結構必要なものは回せちゃうくらい優秀なんです。ただ、その人とあんまり絡まない僕から見ても周りへのからかいがちょっと攻撃的なんですよね。その主張の裏にはどんな事実があるのか、何を根拠に発言しているのか。そういう情報を集めてそこに自分の持っている知識を重ね合わせた上で、じゃあ自分はどう思うのかという作業をしているのか。主張が先に来て、それを補うような情報ばかり見ていないのか、と考えてみてほしいのです。いいんですよ、やってみてダメなら次に行けば。でもやらずに食わず嫌いだけしててはたどり着けない世界というのもあるんですよね。初版が2000年ではありますが、今なお活用できる考え方ですし内容もとても分かりやすく、ちょっと頭を動かしたいときにカフェのお供にお勧めの一冊です。30歳の話でなくても不安になんていくらでなりまふ。たとえば学生くらいの若い人。違和感のある事実に出会ったときにどうするのか。ぜひ変化を恐れずに一度その事実を受け入れてほしいなと思います。簡単に言うと、母は「あなたのお父さんはあなたの親権を放棄した」と僕に言いました。でも父は「私は放棄なんかしていない」と言う。父が言うには「もうお前も自分で考えられる年齢だからどうするかは子供に任せると言ったんだ」とのことでした。人はそうやって組織や社会の中で、自分の立ち位置を作りたがるんですけれど、これなんでかって知ってますか?別に「自分を上に見せたい」ということではないです。最後に僕の大好きなアニメ「化物語」シリーズ内、「偽物語」での貝木 泥舟(かいき でいしゅう)のセリフを引用して終わりにしたいなと思っています。それではみなさんも良いバカライフを!!ではまた。新しいアイディアを実現したりとか、他人が思いもつかない意見を言ったりとかできる人っているじゃないですか。そういう人って、自分の意見を持っているとか自分の頭で考えると言っていいでしょう。でも、それって、結局たくさん知識を得てそれらの情報を組み合わせて発言や発想している、ってことなわけです。「偏愛」についてはヤマシタさんがとても分かりやすいnoteを残しているのでぜひこちらをどうぞ。だから僕はオーナーシェフに言われるがまま、髭を生やして黒シャツの襟を立ててホールに立つようなこともやったし、「プライベートで飲むときに隣の客に気に入られたら自分の店に誘導できるのかチャレンジ」(名称適当)とかもやってきました。そういう情報集積の結果として「赤ワインを一杯目に飲むお客様」のことも考えられるようになったのだと思っています。僕が中学生の頃、両親が離婚をしたんですね。その時に僕が戸惑った出来事があるんですがそれが何かというと、お両親で僕に伝えてくる事実が違うってことなんですよ。僕は化物語というアニメの貝木 泥舟(かいき でいしゅう)の「偽物の方が圧倒的に価値がある。そこに本物になろうという意志があるだけ、偽物の方が本物より本物だ」というセリフが好きなのだけれど、意志というのはそれだけで価値なんだよなと思うのよね。良い未来を願うことはそれだけで尊い。(あ、母の名誉のために言いますけれど、決して母がバカだというつもりはありません。離婚の当事者なんてまともな精神状態ではないでしょう。さすがにそういう状態の人間を捕まえてバカだというような図々しさを、僕は持ち合わせていません。あくまで状態の説明として取り上げただけです。こういう説明をいちいちするのが面倒だから今まで親しい人にしか話してこなかったんです。つっこみたくなった人はここでぜひブラウザバック)稀有な方、どうぞよろしくお願いします。じゃあそのレアさに敬意を表して、僕も本気出して書きましょう。どうぞお付き合いください。父の言葉はある人から見れば「放棄」でしょう。でもある人から見ればそれは「信頼」かもしれません。僕自身はどちらかというと後者に近い形で受け取ったように思います。一つのことを追究するというのは、すごく健全なことだと僕は思っています。僕もまだ若いですが、さらに若い人に伝えたい生き方のアドバイスがあるとすれば「自分の好きなものが何か言えるようにしよう」ということです。はい、事実そうなんですけれど、そんなことは分かっていながら敢えてじゃあ自分がなぜこの言葉を発するのかを説明するのが本当に面倒くさい。30歳になって定職にもついていない、現在何か学校に通っているわけでもない、そんな状態になったらきっと不安になるでしょう。それこそ「そもそもお前が面倒くせぇ」とか「バカなんて乱暴な言葉を使う人こそ嫌い」という方は時間の無駄になること請け合いなので、今すぐブラウザバックして美味しいコーヒーを入れてたっぷり砂糖を入れて飲みながら別の平和なnoteを読みましょう。糖分は人を癒します。では良いnote生活を。ちょっと意外じゃないですか?創造性というのは、既存のアイディアとは切り離されたところにあると思っていませんでしたか?この本の中では、こう言い切っています。この間、あるすごくあたまのいい学生(すごくあたまがいいということはそういう学歴があるということだよ)と話していて出た話題なのですが「なぜ人は人を批判するのか」みたいな話になったんですね。それでも僕はバカが嫌いです。ではバカと僕とを隔てるものは何なのか、もうちょっといろいろな話をしながら説明していきたいと思います。10年以上前、ある有名な歌舞伎役者さんが雑誌のインタビューで言ってたんですよ。「僕はバカが嫌いなんですよ。バカって伝染る(うつる)んですよ」って。なお、その役者さんの名前をここで出すのはなんとも申し訳ないような気もするのでここには書きませんが、直接聞いてくださったら教えます。今も現役の美しい役者さんです。みんながそういう人を下らないと思うのならそういう人はいつしか淘汰されるはずですよね。でもなくならないということはそこに需要があるんですよ。「一流商社マン」が好きな女性がいるんです。安定性のアピールというのはとても効果がある口説き方だと僕は思います。一言で言えば「自分の頭で物事を考えない」。それが僕の定義するバカです。何かを究めようとすると、本当にいろんなものを調べます。情報を集めるようになります。自分がこれだと思っていた理論が、一つの本だったり誰かの一言でひっくりかえることがよくあります。好きであれば好きであるほど、自分の思っていたことと違う事実に出会うことだってあるわけです。たとえば、大学の教室の中でいつも端っこに座って目立たないようにしている人。これも立ち位置を作っていると言えるかもしれません。「僕は目立たないキャラでいたいから話しかけないでね」みたいな。僕は、サービスの仕事をしていたときにオーナーシェフから「君はインパクトが弱いから髭生やしてみてよ」みたいなことを言われたことがあります。髭を生やすだけで客を呼べるものかと思いますが、一度は言われたとおりにしました。今ならそんなこと言ったらすぐ修正されてしまいそうなものなのですが、時代だったんでしょうね。その記事を読んだ時の僕は、歌舞伎役者ってかぶいててかっこえぇ!とそれこそバカのように憧れていたものです。印象に残った、いずれもう一度読むはず!、そう感じたノートを集めています。僕は学歴がないだとか計算が遅いだとか、ましてや「東大王」のクイズに出演者と同じレベルで答えられないとか、そういうことで他人をバカ認定することはありません。不都合な情報を遮断しているわけです。うわぁ「バカの壁」ってこういうことなんだ。本当にあるんだ、と思いました。情報は変化し続けるのに、あなた自身が変化できない、というのはもうそれだけで悲劇でしょう。いつまで昭和でいるつもりなのですか?自ら進んで「俺が若いころはおじさん」になるつもりですか?昭和から変わらなくていいのは森高千里だけでいい、と僕は思うんですよね。そんなふうに変化を恐れずいろいろやっていくうちに、自分の強みってこれだな、みたいなものって見つかってきます。それが「個性」だと思います。それでも黒ワインの頭の中をちょっと覗いてみたいな、という稀有な方がいらっしゃるのであればぜひこの続きをご覧ください。一流大学を目指そう。一流企業に入ろう。なぜかは分からない。でもそうした方がいいような気がする――それって、そこにいることで安定した自分を作ろうとしている要素が結構な割合であるように思います。銀座コリドー街よろしく、一流商社に勤めている自分をアピールしてナンパする人というのは結構いるものです。今これを読んでいるあなたはそんなやつらは中身のないクソだ、くらいに思うかもしれませんがじゃあなぜそういう人がいなくならないんでしょうかね。「自分には知らないことがある」という立場に立つことで、結果として自分が変化していくことを認めざるを得ないし、自分で考えるために手持ちの情報をどんどん増やしていくことを拒絶しなくなるわけです。結局僕の母は「あんな父親だから自分で親権を主張しないということは放棄したとも同じだ」と考えるばかりで、そこにあった父親の想いには考えをめぐらそうとしませんでした。それどころか僕が「いや、お父さんは放棄したつもりはないって言ってたよ」と話しても「何を言ってるの?あれは放棄したってことでしょ」と耳を貸してくれませんでした。このセリフは、ずいぶん親しくなった人にしか言ってこなかったんです。ただ最近、ほぼ初対面の人と話していて「苦手なものはなんですか」みたいな話になって「あぁ、この人なら多分話してもそれだけで僕のことを変に受け取ったりしないだろうな」と思えたのでそのときについ言ってしまった。他人の受け売りで生きていくバカ、変化を恐れるバカにならないために、ではどうしたらいいのでしょうか。好きなことだからこそ自分のやりたくないものの中にだって、真理はあるかもしれない。そう思ってやってきました。だから自分がバカであることを自覚しているだけ、いや、むしろバカであることを自覚しているからこそ、僕はバカが嫌いなわけですね。まあ本当はソクラテスはそんな言葉は使ってないだの、無知の知は「知」として中身がないだのいろんな哲学的な批判はあるようですが、ここでは「自分にはまだ知らないことがあるということを私は知っている」くらいのことにしておきます。「それを受け止める人間は変化しないという思い込み」。この辺りの詳しい内容はぜひ書籍を読んでみてください。本の中の内容とは方向性が若干違ってきますが、以下ではこの「変化」について掘り下げていきたいと思います。ただ、これはこの後のnoteをいくらか読んでもらえば分かるんですが、実のところ「バカ嫌い」発言している時点で僕もバカの仲間入りをしている可能性があるということにもなっています。場合によってはこの言葉を聞いた人が「は?それを言ってる時点でお前も同じ穴のムジナだってことに気づいてないの?」みたいなことを思うこともあるわけで、まぁ事実そうなんです。ただ、この安定性神話が過剰になってくると、その人自身を硬直させることになってくるんですよね。僕の母が父の考えを遮断したのと同様に、あなたの生き方以外の生き方を受け入れられなくなってくる。
もちろん 言葉 嫌い 2020