わたしはオードリー・ヘップバーンも大好きですし、550万ドルのプレッシャーもよ〜くわかりますが、それにしてもやはりジュリー・アンドリュースを選んで欲しかったですね〜。チャレンジして欲しかったです。上述の「踊りあかそう」を聞いてみると、もう少しキーを低くした方がジュリー・アンドリュース本来の持ち味が出るわけですが、あえてキーを少し高めにしてファルセットを多めにし、ソプラノ歌手感というか、高貴な感じというか、舞踏会のレディ感というか、そーゆー感じを際立たせているわけです。が、非常に残念なことに、『マイ・フェア・レディ』の映画化にあたって、ジュリー・アンドリュースはキャスティングされませんでした。が、どーしても『メリー・ポピンズ』や『サウンド・オブ・ミュージック』のイメージのせいか、さらに、その昔、童話作家としてプチブレイクしたせいか、例えばコンサートやTV特番では「キレイでやさしいおねいさん」的なプログラムになりがち。日本では。昔、新宿厚生年金会館でコンサートも見たんですけどね。最初の作品が『ボーイフレンド』、次の作品が、史上名高い『マイ・フェア・レディ』です。Wikipediaによれば、『マイ・フェア・レディ』の映画化権が550万ドル(約6.8億円)という当時としては非常に高額だったため、まだ映画女優として実績のないジュリー・アンドリュースよりも、「必ず当たる主役」としてオードリー・ヘップバーンが選ばれたんだそうです。子供の頃に、映画『メリー・ポピンズ』や『サウンド・オブ・ミュージック』におけるジュリー・アンドリュースの歌声にたいへん感動しまして、例えば↓は、1958(昭和33)年、ブロードウェイで『マイ・フェア・レディ』が幕を開けて大当たりをとった2年後に、ジュリー・アンドリュースが『マイ・フェア・レディ』の名曲「踊り明かそう」を歌ってる映像です。例えば↓のビデオ、『マイ・フェア・レディ』の中でヒギンズ教授の厳しい訓練に腹をたてて「今に見てろ」っていう曲を歌ってる場面ですが、ロンドンの下町娘感満載ですね。それを、しぐさや表情や言葉ではなく、歌で表現できるわけです。ということを知ったのは、『ジュリー・アンドリュース・イン・コンサート』というDVDを見てから。天国に着いた時、「おまえが生きている間に触れた一番素晴らしいものをあげろ」と神様に問われたら、ま、有名な話ですが、『マイ・フェア・レディ』に選ばれなかったことによってウォルト・ディズニー自身から『メリー・ポピンズ』への主演を請われて、そこからハリウッド随一のスター街道を駆け上がっていくわけなんで、それはそれでハッピーエンドなわけですが、やっぱり後世から考えると、ジュリー・アンドリュースも映画版『マイ・フェア・レディ』やれたら良かったですね。彼女自身も望んでいたそうですが。ということで、ビル・リーという歌手&俳優が吹き替えたそうです。つまり、ジュリー・アンドリュースの歌声は、それだけスゴかったわけです。ただ、『マイ・フェア・レディ』のために生まれてきたような歌手ジュリー・アンドリュースと聞き比べると、どーしても1枚も2枚も、格が違っちゃいますね。そうすれば、きっと『マイ・フェア・レディ』は映画史上に残る傑作になったのではないか、と。「歌声というのは、こんなに誰かの心に響く、素晴らしいものなんだ」クリフトファー・プラマー自身、俳優になる前はピアニストになるために勉強していて、俳優になった後にはレコードを何枚か出しているある種プロの歌手であるにも関わらず、↑このDVDは、1989年にロサンゼルスで行われたライブを収録したもので、エンターテナーとしてのジュリー・アンドリュースを堪能できます。そーいえば『サウンド・オブ・ミュージック』で、素晴らしい「エーデルワイス」を聴かせてくれたクリフトファー・プラマーですが、今でも、当時のジュリー・アンドリュースの歌声を聞くと、ついウルウルしちゃいます。50代男性です。それはつまり、ボードビルとクラシックという、ジュリー・アンドリュースの大きなバックボーンを、ブレンドしながら使い分けているわけです。そして、「キレイでやさしいおねいさん」「理想の家庭教師」的なイメージもまとわなくて済んだのではないか、と。さて、では聴き比べてみましょうか?オードリー・ヘップバーン版(歌はマーニ・ニクソンによる吹き替え)とジュリー・アンドリュース版です。さて、最近は、ほんとに色んな情報を見ることができて、ありがたくなっちゃうんですが、ジュリー・アンドリュースがロンドンで脚光を浴びていた子供の頃の映像や音源も、Youtubeに色々アップされています。例えば、12歳の頃の音源↓というわけで、『マイ・フェア・レディ』というミュージカルは、下町娘と舞踏会のレディを歌い分けられるジュリー・アンドリュースのために作られたような傑作で、『マイ・フェア・レディ』もジュリー・アンドリュースという主演女優、というか、優れた女優でありながら、さらに非常に優れた歌手であるという、類いまれな存在を得ることで最上級の作品になったんだなー、と。で、ジュリー・アンドリュースは、その「下町のがさつな娘」と「舞踏会でも通用するレディ」を、とても自然に、高いクオリティで歌い分けることができるんです。悪い映画ではないんです。良い映画ではあるんですが、『サウンド・オブ・ミュージック』や『メリー・ポピンズ』ほど心にきません。そのバックボーンを自在にブレンドさせて表現できることが、彼女の歌の特徴であり、個性です。オードリー・ヘップバーンの歌の吹き替えを行ったマーニ・ニクソンという人は、『王様と私』や『ウエスト・サイト物語』でも主演女優の歌の吹き替えを行った優れた歌手です。「下町のがさつな娘を、舞踏会でも通用するレディに仕立てあげる」その後、両親と一緒に舞台に上がるようになり、ロンドンで脚光を浴びます。ジュリー・アンドリュースが幼かった頃、母親が再婚した相手がボードビリアンで、彼は乱暴で、アルコール依存症で、貧しかったそうですが、ジュリーにとって、あるいは我々ファンにとって幸いなことに、義理の娘に非凡な才能があることを見抜くことはできたそうです。義理の娘に、ちゃんとした先生をつけて、アカデミックなレッスンを受けさせました。「エンターテナーとしてのジュリー・アンドリュース」とは、つまり、大成功したハリウッドスターとしてではなく、というのは、ほんとに最近は色んな情報があって、ありがたくなっちゃうんですが、itunesやYoutubeで、ジュリー・アンドリュースが『マイ・フェア・レディ』の舞台やってる頃に発売した歌唱も聴けるわけです。
『マイ・フェア・レディ (My Fair Lady)』は、1956年にブロードウェイで初演されたミュージカルです。 初演されると瞬く間に大ヒットを飛ばし、6年6ヵ月に及ぶロングラン公演(2717回)となりました。 ミュージカルと言うと何が思い浮かぶでしょうか?もちろん人それぞれですが、「マイ・フェア・レディ」は最も有名なミュージカルの1つですね。ただ個人的にはミュージカルというと不自然なものという印象があります。舞台とかならいいのかも知れませんが歌は 3:28. 最近、9歳(当時)の娘と昔の名作を再度見たりしています。 昔この作品を見た時は、変身したオードリーの美しさやドレスの素晴らしさ、上品さにそれはそれはうっとりしたものでした(基本的にシンデレラストーリーは好きです。 「マイ・フェア・レディ」の歌のキーと、彼女の音域が合わなかったため、9割も違う人の歌声に吹き替えられたのだ。少々気の毒に思えるかもしれないが、お世辞にもうまいといえないのだから仕方がない。 『マイ・フェア・レディ』(My Fair Lady)は、1964年制作のアメリカ合衆国のミュージカル映画。監督はジョージ・キューカー、出演はオードリー・ヘプバーンとレックス・ハリソンなど。同名ミュージカルの映画化。同年のアカデミー作品賞ほか8部門を受賞した。 ≪ミュージカル「マイ・フェアレディー」≫原作はあの皮肉屋のバーナード・ショウの劇曲「ピグマリオン」です。1956年、ブロードウェイで初演、6年6ヶ月のロングラ… Bed!